CORSA

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fiat 500と言えば現行で4代目となる訳でありますが、1代目はもとより
2代目(Nuova 500)までは「サーキット」というような、ある一面では過酷と
言われる状況で走行するとは、当初の設計思想より無かったと思います。
兄?姉?にあたるfiat 600は作りも500とは違い、非常に手の込んだものであり、
エレガントさも感じられると思います。語弊はあるかも知れませんが、
(愛情を持って敢えての表現として)その600のE/gを除く機関の「縮小コピー」
とも言えるfiat 500は、当時の技術者が様々な試行錯誤を繰り返し、
イコンとしての「Abarth 595/695」まで昇華させたのだろうと想像しています。
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ただ最初に書いた通り、当初の設計思想としては休日にドライブを楽しみ、
そして家族で移動でき、荷物も積めて更に安価で奥様も安心、というものでしたから、
その並々ならぬ苦労(醍醐味?)というのは想像に難く有りません。
私がまだ「クルマ」に全く興味が無かった90年代から2000年代初期までは、
ユーロカップ・伊那サーキットでも複数台のfiat 500が走行していたと聞きますし、
またそのクラスのカテゴリーも設定されていたと聞いたことがあります…羨ましい。

現在ではfiat 500の国内レースでの参加・走行はほぼ皆無でありますが、それとは
全く別の楽しみとして走りをダベリを共有出来る友人知人が増え、非常に
嬉しく楽しいものであり、そんな各々のfiat 500を各々の楽しみ方で
謳歌されているのを見て心底「500買って良かったなぁ」と思います:-)

私はと言えばある一つの記事がきっかけで色々と考えておりました。
(勿論楽しく妄想込みでありますが)
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Photo / まんじさん

ある意味リンク先記事の「2、いつまでも終わらぬ泥沼が待ってます。」
という文言は私にとっては非常にワクワクするものであります。
"速く走るだけがチンクの楽しみ方じゃない"という声も聞こえてきますが、
勿論ゆったりとしたツーリングや、お茶会、パートナーとの遠出も
楽しみたいと考えています。その上で、ジュリエッタにジュリア、
リトモにデルタにミニにと様々な異種混合の素晴らしい走りを見れたセントラルで、
例えそれが走行会と言えども、アドレナリンが噴き出し(ドライバーの腕はさておき)、
大衆車であった筈のfiat 500の「カワイイ」だけでは無い、走りのポテンシャルの
片鱗と可能性を感じられた体験であったことは紛れも無い事実でもありました。
それは「そうではない、オレはコレで速くなりたい!」と思うのもまた然りであります。
だから「終わらない泥沼」を楽しみに思えるのかも知れません。
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そしてCorsa=Raceの言葉が示す様に「競技・競争」でありますから、
いつかはその素晴らしい走りと、刷り込まれた走りの血統を見せてくれた
クルマに対して、卑屈な姿勢では無く大衆車として、競争を挑んでみたいものです。
全てがうまく行く訳ではありませんし、越えられない壁という現実もこれから知って
いくのだと思いますが、それも含めてサーキットを走る楽しさなのかも知れません。

+「窮鼠猫を噛む」ならぬ「窮鼠蛇を噛む」なんてことを妄想しながら:-)
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by fotografiat500 | 2011-02-17 00:22 | 独言