tipo 159 alfetta

琴線に触れる。
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それは音楽でも絵画でも、映画に彫刻、漫画にアニメ、フィギアに…全ての造形物に
ある日突然訪れるもの、と個人的に思っています。
クルマに全く興味が無く「物を買う」という行為だけがドーパミンを発していた
始まりから、何かが連鎖して、その物(fiat 500)の魅力に取り憑かれる。
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フォルギエリさんのblogからtipo 308の存在を知り、そこから辿っていき
tipo 158/159に突き当たり、その記事を読んだ数日後にspazioさんで
"Alfetta The Alfa Romeo 158-159 Grand Prix Car"なる本を購入したのですが、
その後は何となしに、それ程その本を捲ること無くおりました。
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それが何かは解りませんが、あることがきっかけでドップリと
tipo 158/159の魅力に取り憑かれ、改めてこの本を捲る機会が増えました。
当時は手回しだったであろうクランクに専用?の電動工具を差し込み、
3チョークのweberキャブと過給器が呼吸を始め何とも表現し難い
エキゾーストノートを響かせる。数万にわたるであろう部品が完璧に同調し
車輪へ動力を伝え走り出す…何ともクラシカルでありながら、
驚愕せざる得ない美しい風貌と力強さを感じました。

ただ今度はfiat 500と比較してですが容易に手に入れ、操り感じられるものでは無く、
(アタリマエ)残存数も極めて少なく、更に言えば出自もフォーミュラーカーであり
美術品としても充分過ぎるほど通用するクルマ。さりとて、
そのどうしようもなく、手が届かないもどかしさが何故か心地よかったりして、
所謂「憧れのスーパーカー」というのはそういうものなのかな、と感じるのです。
tipo 158及び159の戦歴や開発ヒストリーは、私のような無知には
語る事は出来ないのですが、多くの有名ドライバーを知るきっかけにもなりました。
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Juan Manuel Fangioに"Nino”Farina。
FangioのニュルンブルクでのドイツGPのフェラーリとの戦いなどは、
生身の人間とそれを許容したマシン、そして当時の環境が生み出した物語なのでしょう。
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そんな壮絶な戦いの果て、かたやfiat 500をレーシングカーと言われるまで
昇華させたABARTH&C社、その商才と理にかなった技術力は多くを語られる所ですが、
ABARTH 595/695及びfiat 500をベースにした車両で、逸話を残したドライバーと
言えば…悲しいかな私の知識では思い浮かびませんでした。
しかしfiat 500は現在進行形(historic challenge 700等)である強みもあり、
レギュレーションの厳しいイタリアのワンメイクレースでは、新たな物語も
生まれているのでないかとも思うのです:-)
それは人馬一体の時代は、まだ過去の話では無いのだと裏付ける様に。
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by fotografiat500 | 2011-12-16 18:27 | 独言