<   2011年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧


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Particles melt into it there.

There is not the mass.
Tiny particles.

Now to change from there.
A tiny change big as for it.
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by fotografiat500 | 2011-06-27 23:51 | 独言

viaggio 3in #3

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永遠のアマチュア・フォトグラファー、植田正治。
氏の創作活動への取り組みと、常に発見を模索した姿勢は若輩者である私には
刺激的で、時代を越えて尊敬するフォトグラファーの一人でもあります。
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建築家の高松伸氏を迎えて建設された立派な美術館ですが、
町営となったからなのか、少しメンテナンスが必要な気配も見受けられました。
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勿論作品は撮影することは出来ませんし、しようとも思わないのですが
氏の作品は地元・鳥取に根ざしたものであり、また近しい人達を被写体としながらも
新しい「自分の写真」というコンセプトを持ち、それに邁進していった人でもあります。
写真としては完全演出型のフォトグラファーであり、人物の配置、ポーズ、全てを
氏がディレクションをし、決定した語弊はあるかも知れませんが「作られた写真」という
2つの単語としては矛盾した、されどそれを信じて撮り続けた希有な人でもあります。
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そんな中、片やリアリズムの鬼、写真家・土門拳とも一時期は交遊を持ち、互いに
切磋琢磨していたという一面も持ち合わせ、晩年はTAKEO KIKUCHIなどの
作品集を制作するなど「死ぬまで、若かった人である」と作品を観て感じました。

氏の言葉を少しだけ思い出し感じたのは、人がカメラを向けられた時、
そのカメラを意識する気持ちが真のリアリズムであり、
また日本人特有のはにかむ姿や真っすぐで少しだけ
レンズの眼に怯えた、ありのままの子供達の眼差しを残せたのでは無いでしょうか。
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美術館内部はとても良い雰囲気でしたが、一つだけ残念だったのは
ツアー客とおぼしき団体の、驚く程の五月蝿さ。美術や芸術というのは個人的にそれ程
高尚なものでは無く、幼い子供から年老いた人まで楽しめ、難しいことを感じなくとも、
何かを思えるもの、だと思います。ただそれには鑑賞するという行為が必要ですし、
それにはある一定の静寂が求められると思います。どこぞのアジアの映画スターがこの
美術館でロケを敢行したのか知ったことではありませんが、ここはそのような言葉を
ピーチクパーチクこれ見よがしに喋る場所ではありまへんえ、と言って
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やりたかったな…とだだっ広い駐車場で
タバコとコーヒーを嗜みながら一人妄想にふけるのでした。
そんなおばさま方の居る美術館を後にし、帰路最後の寄り道である場所へ。
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鳥取I.Cより東へ少し、山間の中にある岩井窯。
陶芸作家・山本教行氏の陶器を買いに。以前よりパートナーは行きたかったようですが、
私自身、作品は初見でありました。取りあえずは食事を頂ける別棟の喫茶「hana」へ
向かい、お腹を満たしてからじっくり作品を拝見しようということに。
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そばがき御膳。陶芸家の方ですから、もちろんそば粉を練るのも
朝飯前でありましょう。氏の作品が使用された厚みがあって、民芸調ではあるけれど、
どこか新しく可愛らしい器に入れて頂き、あっという間に器は空になりました。
この旅で初めて料理を写真に収めたなと一人ごち、パートナーと奥様との楽しい会話も
いつまで続くことかと心配しましたが、タイミング良く失礼し
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今日持って帰る器を吟味しに。
家には大きめの電気釜を買い、パートナー自身は10年程陶芸を続けている訳ですが、
そんな彼女だからこそ、どのような物を買うのか迷っていたようです。
写真にはありませんが協議の結果、蓋付き土鍋を買うことに。家では炊飯器を使わず、
ご飯は常に土鍋で炊いています(実際、炊飯器より簡単です)。五条の陶器市で
購入した土鍋(平底)もお気に入りですが、使用用途の区別が付けれる丸底で、
更に土鍋は特別な土と技術が必要で作陶するには難しい為、土鍋に決定と相成りました。

ここでも奥様に地酒のうまい所を聞き、日本酒を買いに。
休日のところ対応してくださり、帰り際に甘い水を獲得することが出来ました。
雨も少し降りましたが、程よく汚れたfiat 500の車体を綺麗に洗い流してくれ、
帰路いつものように眠るパートナーには、E/g音より良い塩梅の雨音でありました。
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by fotografiat500 | 2011-06-10 22:43 | メンテナンス(ウェット)

viaggio 3in #2

この旅に向うか悩ませていた天気予報も、梅雨の中休みにぴったりと合わさり、
どちらの日頃の行いが良いのか、それは一先ず置いておいておきますが、
メインの目的となる大山への登山へ。
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天候は晴れ。少し山間は霞んでいますが、絶好の登山日和となりました。
純粋に何故山へ登るのか?という疑問は私自身あるのですが、パートナー曰く
山はエッジが効いていない、というようなニュアンスのことを言っていました。
それは人工物を否定している訳でなく「自分の好きな形」という単純な理由
なのだと思います。日頃、どちらかと言うと私はエッジが効いたものを好み、
彼女は不定形でランダムな形状を好む、それが山には沢山あり自身の気持ちを
豊かにしてくれる場所なのかも知れません。
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そうは言っても、更に何故わざわざしんどい所へ行くのか、という嫌らしい
疑問は拭いきれませんでしたが、私がそのような気持ちの中でモチベーションを
保てるのは、山頂で頂くおにぎりであったりします。
今回は大山おこわを「3つ」買いモチベーション・レベルゲージを満タンにして
遠く霞む大山に挑むのでありました(弁当配分:私x2個、パートナーx1個)
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当日、大山は山開きの日でしたが、登山客は意外に少なく少し散策程度に
歩く人たちの姿が目立ちました。そして美術大学か高校の授業の一環なのか、
大山へ向う参道のほとりで思い思いの画材を使い、絵を描く人たちの姿も。
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参道を抜けるといよいよ登山道となります。
新婚旅行時に購入した登山道具を装備し、コンパス、地図、非常食と水分。
そして大山おこわ弁当を3つ、リュックに背負い傾斜し過ぎて先まで見える行程に
少しだけウンザリしながらも、新緑と鳥のさえずりに少しだけ癒されるのでありました。
体力の無さを煙草のせいにしながらも、少し先を飄々と歩くパートナーを追いかけるのを
後押ししてくれたのは、私の1.5倍程はお年を召した初老の方々の
「ほっ、ほっ」という掛け声付きの健脚でありました。
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ここ大山は日本百景にも選定されている山で、標高は1,729m。
火山ではありますが活動を休止して久しく、ご老体の山でもあります。
個人的に好きなブナの木が豊富ですが、花々が咲き乱れるのは7月から8月に掛けて。
そうは言っても、その賑やかになる時期へ向けての準備は
そこかしこで進められており、登り始めに正直ウンザリした気持ちも、この頃には
体が慣れてきたのか、足取りも軽く周りを楽しむことが出来ました。
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+写真では伝わりにくいですが、左側は絶壁の崖であります。
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山登りが好きと公言しているパートナーではありますが、それとは別問題で
軽い高所恐怖症の気がある訳ですが、そのような弊害が見受けられる場面では
俄然私の立場が強くなり、その怖がる姿を高見から見物するのでありました。
パートナーは登りでブツブツ文句を垂れる私が、この時ばかりはと威勢良く
崖を飛び越えていき、彼女に指示をする姿に少しだけカチンときていたらしいです。
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そんな悲喜こもごも、そして山の風景を、パートナーとの行程を何だかんだと
言いながらも存分に楽しみ、お腹の空き具合に二人とも我慢出来ず1,516mの
大山の山々の一つ、三鈷峰に無事到着したのでありました。
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素晴らしい景色と空気の中、麓で手に入れた大山おこわ2つ頂き、あと1つは
余裕でいけるな…と食いしん坊のいやしさも、山の気持ち良さのせいにするのでした。
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下山の時、もう一度しつこく「何故山に登るのか?」という質問を
パートナーにしてみましたが、勿論答えは同じ。
ですが少しだけ、本当に少しだけですがその答えの意味が解った様な気がします:-)



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下山ルートの「砂滑りの谷」
少しずつ登っていた行程を、細かな砂利の中をまるで動く歩道のような感覚で
滑りながら、大股でがしがしと何故か巨人になった様な気持ちで滑走していくのでした。

+最終日へつづく
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by fotografiat500 | 2011-06-09 19:11 | メンテナンス(ウェット)

viaggio 3in #1

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京都を出発して3時間。週末、パートナーと二人で久方ぶりの旅。
小さな頃に訪れた「砂丘」は白い砂の世界で2次元の空間のような
不思議な感覚を覚えた場所でしたが、30年ぶりに来た砂丘は何故かノスタルジックな
雰囲気のまま、あの日の記憶の輪郭線を描くようでした。
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この場所を初めて見たパートナーは、いたくこの壮大な世界が気に入ったらしく、
靴に入り込んだ砂粒の感触に、違和感を覚えながら風景を撮っている間に
遥か遠く、砂粒の小ささになるまで走るのでありました。
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時を隔てて見た「鳥取砂丘」は確かに雄大であり、1秒たりとも同じ形状を保たず
変化を願い続けているのですが、その周りを囲むように生計を立てる人たちは、
もしかしたら私が6歳だった頃と、全く同じ顔ぶれなのかも知れない、と感じました。
それは「砂丘という固まり」として、その物事を記憶すると砂丘自身が思う程、人々は
その変化には大して気にも留めず、どの時代に訪れても相変わらずで、それが故に
ノスタルジックな感傷となって受け止めてしまうのかな、と半ば
どうでも良いことを走る彼女を見て思うのでした。
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砂丘フレンドを後にして、向った先は西へ2時間の「山根和紙資料館」
館内は撮影禁止でしたので写真はありませんが、様々な和紙と世界中の
紙製品(生活用具)を魅力的に紹介する資料館で、規模としては
大きくありませんが、精神面では大きな収穫となりました。
和紙と言えば水が重要な役割を果たします。となれば、その近くには甘い水が有る筈。
スタッフの方に、この辺りで美味しい地酒などは無いですか?とお聞きし
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四方を田んぼに囲まれる快感を写真に留めながら、迷いながら訪れた先にひっそりと、
されど香しい芳醇さを臭覚に予感させる建物はあるのでした。
訪れた時の山根酒造は、ちょうど蔵で働く職人達の休憩時間。
酒が呼ぶのか だから酒なのか…職人達は個性の強い楽しい方々ばかり。
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悔しいながらもパートナーに試飲を託し、根掘り葉掘りその味を問いつめ、
クーラーボックスが無かった為純米酒は諦め、都合3本ほどをお譲り頂きました。
そして顔を真っ赤にしたパートナーを乗せ、山の麓の宿へ向うのでありました。
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日本海側から大山へ向う大山環状道路。
旅の荷物とお酒を3本、そして私とパートナーを乗せ、山道をストレス無く
滑走出来る感覚を味わうのと同時に、主治医に感謝するのでありました。
新緑と鳥のさえずり、虫の音、風と路面、草のむせ返るような匂い。
全てが気持ちよく、程よいコーナーが牧歌的だったドライブの締めを、
少しだけアクティブに抑揚をつけてくれるのでした。
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どのくらい走ったか、は解りませんが一定のロードノイズと
E/g音を心地よい耳鳴りに変えて、明日へと旅は続くのでありました。

+つづく
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by fotografiat500 | 2011-06-06 16:25 | メンテナンス(ウェット)